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今年最後のお仕事〜バイクの「留守宅」完成〜 [たわごと系]

今年も残すところあと数時間、この一年、「仕事」と「仕事のようなこと」はやたらと忙しかったし、総選挙は予想通りああいう結果だったし、嬉しいことはあまりなかったように思うが、とりあえず小生も家族もこれといった病気もせず、事故に遭うこともなく、無事に一年を過ごせたことはなによりだ。だれにしていいのかよくわからないが、ともかく「感謝」である。

そんなことを思いながらの年の瀬、大晦日に秋からの懸案だった「バイクのおうち」作りにとりかかった。思えば我が愛車は、15年の長きにわたって「軒下住い」の身の上であったわけで、初めてのマイホームとなるのだ。

選んだのは「Motorcycle Dome」という折りたたみ式の「車庫」というより「骨つきカバー」といった方がいい代物だ。

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Motorcycle dome 半分開けたところ 中はコンクリ平板敷きにしてみた

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(左)閉めたところ (右)」全開

ところで車庫は無事半日で完成したのだが、実はそこに入るバイクが今入院中なのだ。秋に高速道路上で突然のエンストを繰り返し、JAFのお世話になってバイク屋に搬送、調べてもらったところ「◯△□コイル」というようなものがオダブツになりかかっていたという。結局部品調達と修理に時間がかかっているうちに、寒い季節になってしまって、修理の方も「もういつでもいいけんね」という感じになってしまい、ついに越年ということになった次第だ。

そんなわけで主のないおうち、つまりは留守宅が完成しわけだが、もうこれでいつ帰ってきてくれても新居入居OK、おうちができたら急に修理完了が待ち遠しくなってきた。思えばここ何年かはホントに乗り出すことが少なくて、車検や何やらの経費を考えると一体「一回いくら」につくのか…などと考えてしまうことが多かった。格納場所を変えたのを契機にこれからはもうちょっと頻繁に動かしてあげたいものだと思う。

新年は「年男」の小生、体力的にはもうどんどん下降線だが、体力に自信が持てないとなると、いろいろなことを「ゆっくりと」「ていねいに」するようになってきたように思う。バイクともそんな風に穏やかな付き合いができるといいと思う。

実家のコタツで「紅白歌合戦」を見ながらぐだぐだと書いているうちに、もう今年の残り時間は1時間ちょっと。今年辛かったコトはとりあえず忘れることにして、まっさらな新しい年を迎えるとしよう。
世界中の誰にとっても、来る年が今年よりいい年でありますように…。みんなが小さなHappyを感じられる2015年になりますように…。(12/31)


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改善の兆し?〜突発性難聴レポート2〜 [たわごと系]

年度末から年度始めのこの時期は、小生たち「ヒト・モノ・カネ」を扱う総務・庶務事務担当者にとっては、一年のうちで最高の「かき入れどき」だ。決して儲かったりするわけではないが、まるで今までのお店をたたんで新しいお店を開店するようなもので、仕事が次から次へと湧いてくる。ほっとひと息つく頃にはGWが目前というのが、いつものこの時期のパターンだ。まあいつもアタマの中が仕事でいっぱいというのは、ストレスたっぷりで、決して「耳」には良くないと思う。

さて、2月によく聞こえなくなってしまった右耳だが、直後の1か月は毎週、1か月経過後は隔週の通院で検査と投薬を受けてきた。この結果、最新の検査では、低音域〜中音域がやや改善されてきたようだ。発症当初はこの帯域が「70デシベル」だったものが、現在は「55デシベル」で、まあ僅かといえば僅かなのだが、医療的には「動きがあった」という状況らしい。当の本人にはあまり顕著な「改善」は感じられないというところが、いまいち気に入らないが、まあ兆しはあると思った方がメンタル的にはいいだろう。

この間、耳鼻科医院でいただいていた薬は「毛細血管の機能改善剤」で、どうもビタミンみたいなものらしい。その他に自前で「ビタミンB」系のサプリと、最近では家人が心配して新聞広告で入手した、なにやら怪しげで、かつえらく高価なサプリまで摂取している。おまけにどこかで聞いてきた「耳ツボマッサージ」果ては親戚がやっている「整体」 にまで世話になる始末で、もうこうなると、仮に良くなっても、一体全体「何が効いたのか」わからない状態だ。

でもどうも小生には、いつも参加している地元伝統芸能の仲間のお年寄りが言った言葉が一番当たっているように思っている。それは「心配しなくても暖かくなれば良くなる」というものだ。考えてみると、今年の冬は妙に寒さを強く感じていて、手足も冷たくなることが多かった。してみると耳の具合が悪くなったのも、血行やリンパの流れが悪くなったことに起因すると考えてもおかしくはない。やはりカラダ全体の老化のひとつの現れとみるのが、いちばん無理のないところかもしれない。

何はともあれ、多少でも「良くなる兆し」を感じられるのはうれしいことだ。まあ日常生活にひどい支障がないから呑気なことをいっているわけだが、やはりこの場合の「初心」つまり「くよくよしない」でもう少し様子をみることにしよう。そうこうしているうちに、季節も更によくなることだろう。
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病名決定!〜突発性難聴レポート〜 [たわごと系]

2月10日から聞こえなくなっていた右耳の病名が判明した。「突発性難聴」とのことだ。受診した耳鼻科で「メニエール病」改善のための投薬を受けていたが、一週間後の通院で「効果ナシ」という結論に達し、結果その病名となった次第だ。

突発性難聴というと、かつて浜崎あゆみ氏がかかったとかいわれている病気で、彼女はよくなったらしいが、完治率は三分の一くらい、いくらかは良くなるケースが三分の一、残りは「悪くなったまま」ということで、結構難しい病気らしい。原因はいろいろ言われているが結局はっきりせず、よって治療法も「これでバッチリ」というようなものはないようで、まあ「運を天に任せる」ようなものだ。これはかなり心配なことで、さすがの小生もややへこみ気味だ。

この病気、治療法はいろいろで、早い段階だと「高酸素減圧室」という恐ろしげな部屋に入る方法などもあるらしいが、効果は限定的らしい。一般的にはウィルスに効果のあるステロイド剤の注射や内服、末梢神経への血流を高めるビタミンや薬品の内服などがあるらしい。小生の場合は聞こえなくなる二週間以上前から「耳詰まり感」や「頭の中に音が響く感じ」などがあったことから、「高酸素…」の治療はどうも効果が薄いようで、結局服薬治療となった。

片耳状態になって10日ほどになるが、この間、仕事や生活の上でいろいろなことがわかった。やはり耳も両方が機能を果たして「一人前」だということだ。単純な話では右耳が聞こえないので、会議などでは必ず右側の席に座った方が具合が良いことを学んだ。また、誰かと対面で話す分にはさほどの不便はないが、相手が数人いる場合には耳の向きを考えるとよく聞こえる。キツネなどのように向きを変えられる耳がついているといいなと、真剣に思っている。

一番参ったのは、大勢がざわついているような環境で、その中の誰かがしゃべっているのを聞こうとするような時だ。今までなら、特に意識しなくても「その人」の声をキャッチすることができたのだが、片耳状態ではどうも目的の音を選択する能力がなくなってしまうらしい。まるで片目をふさぐと遠近感がわからなくなるようなものだ。

ともあれ、これから一週間はステロイド剤を含む投薬治療を行い、その結果をみてまた次の治療方針を…という運びだ。一応治療にあたっての日常生活上の注意点を聞いてみたところ、その答えがなかなかだった。「できるだけリラックスして過ごして下さい。くよくよしていると薬がききません。」とのこと。なるほどなー、この病気、原因ははっきりしないものの、ストレスが大いに関係しているらしいから一理あると思った。まさに「病は気から」かもしれない。

そんなわけで、とりあえずはクスリの力を頼る日々だが、まああまりめげていても仕方ないので、つとめて明るく過ごしたいと思っている。それと、やっぱり今までちょっと無理していたかなー…と思うフシもあるので、ここらでちょっとアクセルをゆるめることにしようと考えている。これは小生のまったくの私見だが、どうも今回の耳トラブルは、全体的なカラダの機能低下の一つの現れのように思えてならない。もっと深刻なことが起こる前の警告のような気もするので、しっかり受け止めて、暮らしや仕事を見直す機会にしたいと思う。ピンチはチャンス!災い転じて福となす!のココロでいきたいものだ。

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健康に自信ナシ!〜50才代は曲り角か?〜 [たわごと系]

小生がまだ40代の頃、ひとまわりほど上の先輩が言っていた。「歳になると健康に自信がなくなるなー」その頃小生はかなりバリバリ仕事をしていた時期で、そんな話を聞いても「そんなもんかなー」くらいにしか思わなかった。からだのことなど気にもしていなかったように思う。それから十数年、五十代も半ばを越えた昨今は、先輩の言っていたことが骨身にしみてわかる気がする。トシはしっかりやってくるものだということを、近頃は実感している。

トシを感じることになった第一歩は、五十肩だ。これはほんとに辛かった。仕事柄毎日ワイシャツを着るのだが、これが苦痛になってしまった。後ろに手を回そうとすると、激痛が走る。どうにもならないのでかかりつけの整形外科に行ってみたが、先生曰く「半年静かにしていれば治る」とのこと。何もしてくれないのかと不満もあったが、ふだん信頼している先生なので放っておいたところ、確かに半年後にはまったく何事もなかったかのように痛みは消えていた。その後もいくらか肩に違和感はあるものの、あの激痛とは無縁の日々が続いている。

次に来たのはいわゆる「老眼」だ。これはだんだん忍び寄ってきて、何時の間にか小さい字が見えなかったり、暗いところで見えにくかったりということになってしまった。最近では小さい字を書くことが苦手になってしまったり、様々不便もあるが、特に痛みがあるわけではないし、シニアグラスというイヤだけど便利なものもあるのであきらめている。これも仕事の能率をかなり低下させる要素だが、まあ「みんなそうなのね」とあきらめるしかなさそうだ。

以上はたぶんフツーにみんな経験していることだから、折り合っていくしかないものかもしれないが、ごく最近、そうでもないものに襲われてしまった。突然片方の耳が聞こえなくなってしまったのだ。5日ほど前の金曜日、さるパーティーに出席していたところ、途中で会場のざわめきが急に「耳につく」ようになったと思ったら、そのあと右の耳がほぼ聞こえなくなってしまった。その時は「ちょっと飲みすぎたかな」くらいに思って帰宅したのだが、翌日になっても状態が改善しないため、耳鼻科を受信したところ、状態は「重度難聴」、病名は「突発性難聴」または「メニエール病」の疑いだという。思えば二週間くらい前から、何となく耳がつまっているような感じがしていたのだが、かなり突然という感じだった。

これまで耳の具合が悪くなったことはなかったが、いざこういう状態になってみると、フツーの状態というものがいかに「快適な状態」であるかということを思い知らされた。片方の耳はちゃんと聞こえるのだから、理屈ではそんなに不便はないはずなのだが、これが全くそうではない。誰かと対面で話している分にはいいのだが、特に「にぎやかな場所」で相手の声を聴こうとすると、ぜんぜん聞こえないのだ。もちろん聞こえない方から声をかけられても、まるでわからない。おまけに耳のすぐそばに「番組をやっていないラジオ」が置いてあるようなビミョーな雑音がいつもしているので、とても気分がすぐれない日々が続いている。

小生は20年ほど前に眼の病気になり、角膜移植をしていただいたことがある。この時には、手術後の万が一のことを考えて「目が2個ついていて良かった」と本気で思ったものだが、今回も同じように人体の構造に感謝することになってしまった。まだ日も浅いし検査結果も出ていないので、あまり心配しても仕方がないのだが、つい「このまま聞こえないままなのだろうか」という不安がよぎる。

そんなわけで、五十代も半ばを過ぎてからは、次々といろいろな不具合が生じてきて、健康に自信がなくなってしまった。今のところ内臓関係の不具合は見つかっていないが、これだっていつどうなるかわからない。「先輩たち」もこういう状態で大変な仕事をしていたのだな〜と思うと、今更ながら頭が下がる思いだ。巷では「男の更年期」なども言われているが、いずれにしても五十代は大きな曲り角なのだろう。「ドリフトで華麗に」は無理にしても、何とかコースアウトしないでしばらく続くコーナーをクリアしていきたいものだ。
最近健康に自信をなくして、ちょっとメゲているおじさんのつぶやきでした。

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おじさんのipad体験レポート(5)〜音楽編〜 [たわごと系]

ipadを入手して、二ヶ月ちょっと経った。新しいおもちゃも、ひととおり使うと飽きてくるものだが、このおもちゃは次々に新しい発見があり、なかなか飽きさせてくれない。加えて、慣れないうちは日本語入力ももどかしかったが、近頃はだいぶ慣れて、ほとんど違和感がなく使えてしまっている。むしろガラス製画面をタップして文字にするのが、小生のような「非ブラインドタッチ派」にはある種快感に近いものがあるし、携帯のような「予測機能」も備わっているのが便利で、「こっちの方がいいかも」とさえ思えてしまう。
そんなわけで、使えば使うほど自分のものになってくるというのが、いまのところの感想だ。

さて、ipadで聴く音楽だが、これがなかなかあなどれないものがある。購入時から「iPod」がインストールされており、これで聴くことができるのだが、小生はもともとipodは使っていなかったので、ソフトもすべて新規に調達することになった。

ソフトを買うのは「iTunes」というサイトに接続して、そこで選ぶことができるのだが、小生の現在の使用環境では「Wi-Fiネットワーク」というものに接続できないので、家のPCからアクセスしてソフトを選ぶことになる。購入自体は至って簡単で、あっという間に手続きが出来てしまい、ソフトのデータはPCにダウンロードされるのだが、小生が驚いたのはここからだ。ダウンロードしたPCにipadを接続すると、何の操作もしない(電源さえも入れない)うちに「同期中」との表示が現れ、わずかな時間でデータがipadに転送されてしまうのだ。まあ、このあたりは、ipodやそれに類する機器を使っている人にはアタリマエのことなのかもしれないが、新しいお道具に遅れがちの小生にはまったく新鮮だった。

Ipadで聴く音楽だが、これはまた、よくぞこんな薄っぺらな機械からこれほどクリアな音が…と驚いてしまうほどのレベルだ。音量もひとりであるいは静かな場所で聴くには十分だ。問題はソフトだが、こちらはまだまだ探りはじめたばかりなので、何ともわからない。わずかな経験から言えるのは、ジャズやイージーリスニング、ちょっと昔目の洋楽などは相当充実しているようだ。

ただひとつ気をつけないといけないのは、Tributeアルバムがけっこうあることだ。小生もお気に入りのアーティスト(ちなみにジェイムス・テイラー&キャロルキング)のありえないベスト盤らしきアルバムを購入したのだが、これがまことに良くできた「本物もどき」のトリビュートで、一瞬「えっ、これもしかして本人?」と思ってしまうくらいのそっくりさんが歌っていたのだ。
もちろん、トリビュートと承知して買っているのだからいいのだが、良くできていすぎてなにかちょっとうさんくさい感じを持ってしまった。

ともあれ、多いものでは30曲とか入っているアルバムが900円〜1500円くらいで手に入ってしまうのはうれしい。おそらくこれから国内アーティストも含めてどんどん充実してくることだろう。

音楽にも使ってみて、小生、この道具「マジですごい」と思った。近頃ではネットに接続してのちょっとした調べものや出先でのメールチェック、ちょっと時間ができたときの読書、そしておやすみのときにちょっとかけておきたいイージーリスニング音楽と、一日を通して「ちょっと」使える便利ツールになっている。まだまだほんの入り口だが、すでにこの手軽さにはまって、愛着さえ感じはじめているこのごろだ。

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巨大「ゆず」! [たわごと系]

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帰宅して玄関を入るなり、思わず足がすくんだ。「なんじゃこりゃ!」
下駄箱の上に巨大な「ゆず」が鎮座しているのだ。その大きさたるや、写真の通りで、りんごなどまるで子どものようだ。みかん至ってはまるで「孫」だ。

このゆず、妻が知り合いからいただいてきたもので、鬼ゆず(or獅子ゆず)というものらしい。ジャムや砂糖漬けにして食べることもできるのだという。こんなゆずがあろうとは小生はまったく知らなかったが、家人はさほど驚いてはいない。「あら、知らなかったの?」程度の反応だ。まったく、まだまだ世の中には「知らないこと」がたくさんあるものだと実感した。

ところで、間もなく冬至がやってくるが、その日に入ると良いとされている「ゆず湯」にこれは使えるのだろうか。こんなでっかいゆずといっしょにお風呂に入るのは、けっこう笑えるかも・・・。
まあ、どうでもいい話でした。
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おじさんの「ipad」体験レポート(4)〜読書編〜 [たわごと系]

このシリーズの最初の記事で、「本を読むのが楽そう」という意味のことを書いた。ところがその後、仕事が忙しくなって本を読むどころではなくなってしまい、便利な電子書籍を活用する機会がない毎日を過ごしていた。そんなわけで、「十分使ってみた」感想という訳にはいかないが、とりあえず現時点で感じたipadでの読書のことを書いてみよう。

まず小生がipadを手に入れてすぐに、勇んで「本を読もう」として感じたのは「えっ!」という戸惑いだった。それは、同僚のipadを見せていただいた時に入っていた日本・世界の「文学全集」が全然はいっていなかったからだ。iBookというアプリを起動して出てきた画面=本棚に載っていたのは、なんと絵本の「ウィニー・ザ・プー」一冊のみだったのだ。

確か同僚のipadには、「著作権切れ」の文学作品が相当数入っていたはずだが…と、ちょっと狐につままれたような気持ちだったが、その後調べてみると、どうやらその文学全集は「i文庫HD」というアプリで購入するものだということがわかった。さっそくこれを導入したことは言うまでもない。

…で、このアプリだが、これはなかなかたいへんなものだ。まだソフトをよくみてはいないのだが、小生が最初に同僚のipadで見たのと同じ文学全集では、何と700円程度で200冊以上の古典を中心とした文学作品が読めるのだ。読みやすさという点ではいえば、バックライト付きの液晶画面なのだから、どんな場所でも…暗くても…読める。圧倒的な機能だ。もちろん本物の本のような質感を求めることはできないが、ページをめくる雰囲気まで再現しているところがすごい。このアプリは、まさに「目が遠くなって」「財布も軽い」小生たちの強い味方だ。

本好きな小生としては、本というものはその内容は当然として、品物としての「本」にも価値があると思っている。かつて読んだ本でいっぱいになった本棚や、積み上げられた本には、なんだか思い出が詰まっているようで、なかなか捨てられないのが実際だ。ところが電子書籍となると話はまったく違う。これはもうデータそのものであり、感触や重さとは無縁の世界だ。

利便性の点でも、効率性でも、また経済性から見ても、確実に電子書籍に軍配が上がると思う。でも「これでいいのかなあ…」と思う気持ちがどこかにある。考えてみれば様々なものが同じような経緯をたどって電子情報化してきた。なにしろこうして「電子石板」で文章を書いていること自身が思いっきりデジタルなのだから、今更何をか言わんやというものだ。それでもやっぱりなんとなくためらいと、ちょっと寂しさを感じる。どうもこれこそが「おじさん感覚」なのかもしれないと、しみじみ思った。

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おじさんの「ipad」体験レポート(3)~インターネット編~ [たわごと系]

おじさんのipad体験レポート(3)インターネット編

Ipadでインターネットを使ってのあれこれは、まことに便利だ。なんといっても「いつでもどこでも」「スイッチひとつ」でインターネットの世界が我が手の中にあるのだから。たしかに接続のスピードは、ブロードバンド環境に慣れた身には、少々もっさりと感じるかもしれない。しかしながら「器具」の携帯性とディスプレイの鮮明さを考えると、接続の速度など大した問題ではないと感じる。

小生が使ってみては、短い期間ではあるが、3Gでほとんどの場所で問題なく接続できそうだ。ちなみに小生の職場へもつい最近、S・B社の人が訪れ「接続環境の調査」を行なって行った。なんでも、環境が悪い場合には、無料でミニ基地局を設置してくれるのだそうだ。この手のネットワーク機器の普及に賭ける意気込みにはすごいものがある。

さて、今回のお題の「インターネット」についてだが、これはもう、小生レベルが使うにはまったく文句のない水準だ。「Safari」を使ってのニュース閲覧や検索、ネットサーフィンは、フラッシュが動かない(?)などの不便はあるにしても、モバイル環境でこれだけ使えるのははっきり言ってすごいと思う。特におじさんにとってうれしいのは、表示サイズが例の指二本の動作で自由自在な点だ。

小生が特に感心したのは、ひとつははじめから導入されている「マップ」だ。おそらくGoogle Mapなのかと思うが、操作はipadお得意の指2本を使った拡大・縮小で、非常に使いやすい。むしろPCで利用するフリーの地図ソフトよりも感性に合った使い方ができるかもしれない。まだつかいなれていないが、どうやらナビ機能もあるようだから、簡易のカーナビとしても十分使えるだろう。なによりカーナビとちがって「地図が古くならない」のがいい。

もうひとつ小生が感心したのは、これも最初から入っている「You Tube」だ。これ自体はお馴染みのものだが、この「板」で使うとより楽しめる。まるで手軽なテレビ感覚だ。小生はこれまでそれほど「You Tube」にはまっていたわけではなかったが、ipadを使うようになってから新しい使い方を覚えた。それは音楽を楽しむツールとしての「You Tube」だ。いつも手もとにある器具で、検索すれば、小生が大好きな60年代・70年代フォークなどの相当レアな曲目、例えば「泉谷しげる」の「春のからっ風」を、映像付きで見られてしまったりするのだ。これはフォークおじさんである小生には、まさに涙ものだ。今小生は「お気に入り満載のポータブルレコードプレーヤー」としてのipadをいちばん気にいっている。
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おじさんの「ipad」体験レポート(2)〜文書作成編〜 [たわごと系]

前回のブログ記事を、ipadで書いたと記した。
今回はさらに一歩進んでいる。実は前回は、ipadのアプリの一つである「pages」で書き、それを小生のアドレスにメール送信し、自宅のPCで受信してブログを更新する…という手間をかけたのだ。しかし考えてみるとipadそのものがいつもネットにつながっているようなものなのだから、そんな手間をかける必要はまったくないのだ。

したがって今回は、ipadでブログの編集画面を呼び出し、直接にこの記事を書いている。何の問題もなさそうだ。…ということは、この「板」一枚あれば、日本国内であるかぎりどこにいても、ブログなどを通して情報発信ができるということだ。使い方をマスターすれば写真や動画をアップロードすることも可能だろうから、まさにこの「板」は、パーソナル・ユースの道具としては現時点では最も優れた携帯情報端末ではないかと思う。

しかしながら、こと文書作成に関しては不満がないわけではない。それはひとつには日本語変換に関すること、そしてもう一つは画面のタップ式キーボードにまつわることだ。

まず、日本語変換だが、変換そのものは特に不自然さはなく、むしろよくがんばっていると思う。むしろM社製のいまやこの国のスタンダードとなっているワープロソフトよりも、小生には違和感なく使える感じだ。しかしただひとつの難点は、漢字変換の場合に、文中ではなくタッチパネルのキーボード上部に「候補」が表示され、確定操作を行なうことによって文章に反映させることができるしくみだ。まるでふた昔程前の「ワードプロセッサ」を彷彿させる。しかしこのしくみも、慣れてくるに従って、あまり苦にならなくなってきた。要は「慣れ次第」のようだ。

もうひとつの不満点は、画面を使うタップ式キーボードの問題だ。ひとつはその感触の問題、これはこの方式である以上やむを得ないことだ。しかしながらタップの精度は非常に高い。とても「がんばって作った」キーボードだと思う。もうひとつの問題は、画面上のキー配列数に限りがあるため、アルファベットと数字・記号の入力画面を切り替えなければならないことだ。しかしこれもまた、慣れるにつれて素早い操作ができるようになりそうだ。

要はこの「日本語入力」の問題は「慣れ次第」ということだ。むしろこの限られた大きさの中で、これだけの機能を搭載していることを評価するべきだと思う。現時点での結論としては、小生にとってこの道具は、ちょっとアタマを柔らかくして臨めば、十分文書作成の機能を果たせそうだということだ。どう考えてもPCには不向きな日本語でこれだけできる…この便利さはすごいと思う。
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おじさんの「ipad」体験レポート(1)〜入手編〜 [たわごと系]

 考えてみると「生存期間」が半世紀を超えてから、すっかり「新しいもの」に近づかなくなってしまっていた。そんな小生が、まさかこんなに早く「新しいもの」を手に入れることになろうとは思わなかった。「iPad」のことだ。しばらく前に日本でも発売され、その時にちょっとした騒ぎになっていたのは知っていたが、近頃はそういうものには「縁がない」と思い、あまり興味を持っていなかった。「ああ、若い人の道具ね!」という感じだ。それが最近になって、職場の同僚が何人も使うようになり、興味本位でちょっといじらせてもらったことから、考えが変わった。「こりゃなかなかいいものだ!」と。

 小生にそう思わせたのは次の点だ。
1.インターネットがいつでもどこでも使える。
これは、小生は今、自宅と実家と行ったり来たりの生活を送っているからだ。ブロードバンド環境のない実家でもちょっとした仕事やメールチェック、ネットの検索ができるように、ノート PCを持ち歩き、モバイル用の機器を契約していたくらいなので、「スイッチをいれればインターネット」というのはとても魅力的に感じられた。
2.「ibook」(電子書籍)がとてもよさそう。
 ある程度の年齢の方なら実感があると思うが、小生も最近は本を読むのが億劫になってきた。要するに「目が遠く」なって、活字が見にくくなってきたのだ。それがモニター上の文字だと格段に読みやすい。そりゃそうだ、手もとに小さい液晶テレビをおいて文字放送を読んでいるようなものなのだから。

 そんなわけで、急に入手意欲が高まり、ちょうど東京へ出かける機会があったのをいいことに、ソフトバンクに足を運んだ次第だ。
…で、使ってみて実際どうなのか。これから「フツーのおじさん」が使って見ての感想やら疑問やらを折々書いてみたいと思う。

 まず購入にあたっては非常にスムーズだった。拍子抜けと言ってもいいくらいだ。小生が向かったのは東京八重洲口のソフトバンクショップだったが、こちらでは待ち時間30分+手続きに30分、あわせて一時間ほど、これですぐに使えるインターネット端末が手に入るのだ。必要なものは運転免許証+クレジットカードのみ、ここで入手したのはWi-Fi+3Gの、携帯電話回線も使えるモデルだから、当たり前といえば当たり前なのだが、手に入れたパッケージを帰りの電車の中で開封し、電源を入れておそるおそるネットに接続してみたら、なんと簡単につながってしまった。これを期待して買ったにもかかわらず、あまりのあっけなさに正直驚いてしまった。まさにインターネットを「手帳感覚」で持ち歩ける時代になったのだなと実感した。

 小生はこの原稿をipadのアプリケーションの一つである「pages」で書いた。こんな道具で果たして文書作成がちゃんとできるのか、甚だ疑問だったが、とりあえずなんとかなってしまった。慣れればずっと使いやすく感じるようになるだろう。どうやらこの「現代石版」はユーザーが各々の興味・必要に応じて、きりもなくたくさんあるアプリケーションから必要なものを購入(決して高価ではないところがすごい!)してカスタマイズしていくものらしい。そう考えると使い方は無限だ。だんだん充実していくであろうアプリの使い勝手やネットを使ってみての感想などについては、また次回以降の記事で触れてみたいと思う。

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