So-net無料ブログ作成
検索選択

納得できない!オスプレイ飛行再開~米軍の暴挙も、政府の対応も!!~ [時事雑感系]

 オスプレイの飛行が昨日(12/19)再開された。12月13日に沖縄で墜落事故を起こしてからわずか6日、事故原因の究明やちゃんとした説明もない中での飛行再開には到底納得できない。なぜそんなに急ぐ必要があるのか。また、米軍側の説明にもなっていないような説明で「理解」して飛行再開を容認した政府の対応が問題だ。政府の目線は国民と米国の一体どちらを向いているのだろうか。

 墜落事故直後沖縄の米軍責任者は、沖縄県からの抗議に対して「逆ギレ」とも言える反応を示したようだ。また今回の飛行再開にあたっても「安全性と信頼性に米軍は高い自信を持っている。そのことを日本国民が理解することが重要だ」と言っているという。一体どこの国で誰が起こした事故なのか。思い上がりともとれる発言だ。いかに「自信」があろうとも今回のような事故が起きる。「事故を起こしやすい機体」小生たちはそのことをこそ心配しているのだ。

 オスプレイはすでに24機が沖縄に配備され、今後横田基地にも10機常駐する予定だという。また自衛隊も2018年度から佐賀空港に17機を配備する計画だ。そしてこれらの機体整備はすべて自衛隊木更津駐屯地の「整備拠点」で行われることになっているらしい。加えてオスプレイの訓練空域は全国に広がっており、今後は日本中の空をオスプレイが飛び交うことになりそうだ。

 先日さる勉強会に参加してオスプレイのことを少々勉強してきた。多くの問題点が指摘されたが、小生が感じた重大な問題点は次の3つだ。
①これまでの主力ヘリコプターに比べて、小さなプロペラ(面積が約6割程度)で2倍以上の重さの機体を持ち上げるために、回転数を上げることで下降気流が4倍程度になり様々な危険性が増す。
②通常のヘリコプターには備わっている、エンジンが停止した場合にソフトに着陸できる機能(オートローテーション機能)が確認されていない。
③重大事故に至らなかった事故(クラスB、クラスC)の発生率が、これまでの主力ヘリコプターに比べて、クラスBで4倍以上、クラスCでは10倍程度に上る。

 オスプレイの乗員は特別に厳しい訓練を経た上で実機に搭乗しているというが、それでも今回のような事故が起こる。あの広大な米国内でも住民の反対で訓練の延期や縮小が相次いでいる「アブナイ」機械が、小さな日本列島の上空を飛び回ると思うと気が気ではない。米軍が思っているほど日本人は鈍感ではない。もし「危険なことは米国の外でやればいい」と思っているのだとしたら言語道断だ。よもやこの国が米国の植民地と思っている訳ではないだろうが・・・。

 話はぜんぜん変わるが、このほど政府が今後「給付型奨学金」の導入を進めることを決めたらしい。条件に応じて2万円から4万円を給付するというのだが、最終的な予算規模は210億円だそうだ。この金額、どうやら今後自衛隊が購入するオスプレイ1機分!の金額だという。OECD諸国の中で教育への公的支出のGDP比率が最下位のこの国の買い物としてはあまりに高級すぎないか。ここからも政府の目線がどっちを向いているかがわかるというものだ。

 今回のオスプレイ墜落以降の一連の出来事にはこの国の今が集約されている。小生の住む関東北部の自衛隊駐屯地にもオスプレイ配備が計画されている。今回の事故は、辺野古移転や高江ヘリパッド建設などとともに、決して「沖縄の問題」ではないことを肝に銘じたい。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

心配な安倍政権の国会運営~急ぎすぎ!カジノ・年金・TPP~ [時事雑感系]

 安倍首相が年末にハワイ・真珠湾を訪問し、アリゾナ記念館で慰霊の献花ををするのだという。この折りにはオバマ大統領も同行しするというから、一見今年のオバマ氏のヒロシマ訪問の「お返し」のように見えるが、実際はどうなのだろうか?

 すでに安倍氏は米国大統領選の直後に、まだ大統領にもなっていないトランプ氏を訪問している。世界に先駆けての「トランプ詣で」には小生も「おいおい、まだちょっと早いんじゃないかい?」と、あまりに前のめりなアクションに唖然としたが、きっとオバマ氏は相当気分を害したのじゃないかと思う。・・・というのは、そのあとに行われたペルーでのAPECの折りに首脳会談が行えず、オバマ氏とは「立ち話」にとどまったというからだ。

 うがち過ぎかもしれないが、小生は、今回の真珠湾訪問は「トランプ詣で」の「おわび」みたいなものじゃないかと思う。オバマ氏にしてみれば、米国内にはいまだに根強い「Remember Pearl Harber!」の思いがある中で、日本の現職総理に「慰霊」というかたちでの「謝罪的な訪問」をさせたという手柄になる。これでいちおうチャラだから、きっとその折りに行われる首脳会談はフレンドリーなものになるだろう。

 それにしても、戦前~戦中にこの国が「大陸」「半島」「アジア」で行ってきた振る舞いへに対しては驚くほど冷淡な人が、こと相手が米国となると急にお愛想やフットワークがよくなってしまうというのも不思議だ。まあわかりやすいといえばその通りだが、これでは辺野古をはじめとする沖縄駐留米軍の問題を、沖縄の人々に寄り添って解決していくことは到底難しいと思わざるを得ない。

 さて、実は今回書きたかったのはこのことじゃない。カジノ法案(「統合型リゾート施設整備推進法案」というらしい!これだけ聞いたらそんなに悪いものでもなさそうなのだが・・・)が今日(12/6)にも衆議院を通過する見込みだという。何をそんなに急いでいるのか。

 おおかた、いろいろ物議の「東京五輪」までに間に合わせたいということなのだろうが、世論調査でも反対が賛成を大きく上回っている中で、わずか6時間ほどの委員会審議で「十分な審議ができた」とはあまりにもふざけている。与党の中にも異論があるらしいが、ならばこの際は議員の良心とプライドをしっかり見せてもらいたいものだ。

 またこれは噂に過ぎないのかもしれないが、今回こんなに急ぐ背景には、先日のトランプ氏との会談があるとの見方もある。なんでもトランプ氏のかなり有力な支持者の中にラスベガスのカジノ王がいて、この人はかねてより日本にカジノを作りたい意向だという。そういえばトランプ氏も米国東海岸のアトランティックシティーというところでカジノを経営していたが失敗したらしい。まさか「起死回生」を日本で・・・と考えているわけではないだろうが・・・。

 だいたいそもそもの話としてカジノはギャンブルであり、ギャンブルには必ず勝ち負けがある。そしてギャンブルの胴元の儲けは負けた人のつぎ込んだお金だ。悔しさや恨みや涙がしみこんだお金で経済活性化や地域振興というのもいかがなものか。

 厚生労働省の調査ではこの国でギャンブル依存の可能性がある人の比率は4.8%(500万人以上)、この率は他の主要国の数倍なのだという。パチンコや競輪、競馬などだけでそうなのだから、24時間ギャンブルができるカジノが開業すれば増えることは確実だ。また、アトランティックシティーではカジノができてから周辺のホテルやレストランの相当数が廃業に追い込まれたというから地域活性化は疑問だ。カジノがある国が「グローバルスタンダード」だというかもしれないが、こんなことは「普通」であってほしいとは思わない。

 この国会ではまずTPP、次に年金と、強行採決が相次いでいる。いずれも民の暮らしや将来を大きく左右する重要な法案だが、到底十分な審議が尽くされての結果とは思えない。どうも安倍自民党は「数」こそが民主主義だと思っているようだが、小生は対立する意見との「落としどころ」を探っていくことが民主主義だと思う。今の国会の様子を見ていると、この政権で憲法をいじってもらうことだけは絶対に御免こうむりたいと思ってしまう。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

「土人」は差別じゃない?!〜どうなってる?沖縄担当大臣の感覚〜 [時事雑感系]

 鶴保沖縄北方担当大臣が沖縄の米軍訓練場の工事反対派に大阪の機動隊員が「土人」と発言した問題について「差別だと断じることはできない」と語ったという。この人のアタマの中は一体どうなっているのだろうか?

 その理由として「言葉が出てきた歴史的経緯とか、さまざまな考え方がある」「今、差別用語とされるようなものだとしても、過去は流布していたものも歴史的にたくさんある」などとも話したようだが、問題はそういうことではないだろう。

 言葉はその使い方で、意味は大きく変わる。「土人」という言葉そのものの意味を云々することは全く的外れだ。その言葉が発せられたシチュエーションや発した人物の態度なども含めて判断するべきことではないのか。

 ニュース映像などで見る限り「土人」などと発言した人物は、明らかに敵対的・侮蔑的な態度で反対派に接している。そのことだけでも大きな問題だと思うが、そのような場面で発せられたあのような言葉が「差別とは断じられない」とはよく言ったものだ。

 今回の「土人」発言では怒りとともに、ある種の悲しみと大きな不安を覚えた。悲しみとは、発言した人物がどうみてもまだ若く経験も少なそうな隊員だったことだ。若い彼らの口からそういう言葉が簡単に飛び出してくるような空気がこの世の中にあることが、悲しく恐ろしい。

 また、彼らは自分たちが派遣されている場所や起こっている出来事の経緯をどのように理解しているのだろうか。おそらく一方的な情報が与えられて任務についているのだろうから、反対派住民などきっと「畏れ多くも、お上の決めたことに逆らう不埒な輩」なのだろう。国の権力が国家にとって不都合な事態に向き合うときの態度がここに現れている。この国が大きな岐路に立っていると思える今、権力のこの姿勢には大きな不安を覚える。

 「辺野古」をはじめとする米軍基地の問題に対する沖縄の民意は明らかだ。そのことは度重なる選挙でも明確に示されている。これをまったく意に介さず、国の都合で「粛々と」工事を進める姿勢はまさに権力の横暴であり、奢りであるとしか言えない。戦中、戦後とこれまでずっと国の都合で踏みつけられてきた沖縄を、将来にわたってさらに苦しめ続けようというのだろうか。今沖縄で起こっていることを見れば、この国の民主主義がいかにうわべだけのものでしかないか明らかだ。

防衛大臣、農水大臣につづき、今回は沖縄担当大臣と、どうも安倍氏の閣僚にはミスキャストが多いようだ。人間誰しも、たとえ政治家であっても間違いや失敗はあると思うが、この皆さんはそれを謙虚に認める姿勢が全くない。必ず強弁して押し切ろうとする。この点は任命した安倍氏とまったく同じ体質に思える。謙虚さを無くした人の耳には、おそらく見えない場所で苦しい思いをしている人の、つぶやきやすすり泣きは聞こえないだろう。国を率いる人の姿勢と感覚そのものが今一番心配だ。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

目に余る、自民党の「ご都合主義」~二つの衆院補選と憲法改正論議~ [時事雑感系]

 10月23日に行われた東京福岡の衆院補選で、いずれも自民党(系)候補者が勝利した。今年、ともに原発立地自治体である、鹿児島新潟の知事選で連敗を喫してきた自民党にとっては、「面目を保った」かたちだが、それにしても両補選ともあまりの「ご都合主義」に唖然とした。

 東京では圧倒的な小池知事の人気を背景に、「造反組」の若狭氏を公認し、選挙結果によって造反区議7名の処分も考慮するのだというから驚きだ。昔から「勝てば官軍」というが、見事なご都合主義だ。それなら「一族郎党処分の御触書」問題はどう始末をつけるのだろうか。

 福岡は自民党県連が推した候補を党本部が公認せず、人気があった先代の地盤を受け継いだ候補との分裂選挙を行わせ、勝った方を公認するという、これこそ本物の「勝ち馬に乗る」で、まったく虫のいい話だ。

 いずれの選挙も、都連・県連という地元の意向と中央の方針がねじれた形だが、それでも結局は「勝つのは自民党」というところが今の政治情勢を映している。「安倍一強」体制への批判の声が自民党内からまったく聞こえてこないのは、やっぱりみんな「長いものには巻かれろ」と思っているからなのだろうか。だとしたら先行きはさらに心配なことだ。

 もう一つの「ご都合主義」と思えるのは、今行われている国会で安倍首相が憲法改正論議に全く口をつぐみ、「改憲草案」もとりあえず棚上げしようとしていることだ。2012年に自民党がまとめた改憲草案は、天皇の元首化や国防軍の創設、人権の制限、「家族」条項の導入など、国民主権、平和主義、基本的人権尊重という現憲法の3原則を根本から覆すような内容を含んでおり、全体的に「人」より「国」の思想がにじみ出ているものだ。これは、当時野党だった自民党が「思いの丈」を存分に書き込んだ、いわば党としての本音が示されているものではないのか。

 昨年、多くの憲法学者が「違憲」とする安保関連法を強行成立させて以降、衆議院の憲法審査会は止まったままだ。憲法を軽視する安倍政権の姿勢に国民の批判が高まって、審査会を続けることができなくなったかたちだ。今回は、あまりに復古的な内容で批判を浴びている草案をいったん引っ込めて、憲法審査会の再開につなげようとしているようだ。

 総理が憲法に触れたがらないのは、補選、そして年明けとも取りざたされている総選挙を意識しているからなのか。しかし草案をいったん引っ込めようとも、口をつぐもうとも、そこに流れている思想は何ら変わるものではない。国のかたちを決める憲法を、政治のかけひきやテクニックでいじられたのではたまったものではない。このご都合主義は、絶対に認めるわけにはいかない。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

心配な二人の政治家〜内閣改造と都知事選〜 [時事雑感系]

8月6日、被爆から71年の広島原爆の日を迎えた。今年はオバマ大統領の広島訪問もあり、平和公園を訪れる外国人も増えているという。まもなく任期が終わるオバマ氏が就任時に掲げた「核なき世界の実現」への道は、未だ遠いままだが、広島で行った17分間にも及ぶ演説には、オバマ氏の真情がこもっているように思う。米国内での「原爆」に対する評価は、未だに「戦争を早期に集結させた」という肯定的な意見が多いという。そういう国内世論を抱える中で広島訪問を実現しメッセージを残したことは、米国大統領として現時点で実現可能な最大限の行動だったのではないだろうか。

オバマ氏は「結局何もできなかった」大統領かもしれないが、「平和への想い」を持つ人物だと思う。小生は、政治家にとって大切なものは「理想への熱い想い」だと思っている。オバマ氏が広島で語ったメッセージの一節「私が生きている間にこの目的は達成できないかもしれません。しかし、その可能性を追い求めていきたいと思います。」この言葉を信じたいと思う。

さて、それはそれとして、心配なのは国内の政治だ。参院選の自民圧勝(…小生は必ずしもそう思っていないが…)を受けて行われた内閣改造で、稲田朋美氏が防衛大臣に任命された。それまでの役職の党政務調査会長も、ずいぶんの抜てきだと感じていたが、今度は安保政策の要の防衛大臣だ。稲田氏の歴史認識、これまでの行動、発言、いずれをとってもいくつもの国から反発を受けることは必至だろう。それを承知であえて挑発的な人事を行ったのだとしたら、アベ氏が常々言っている「わが国を取り巻く情勢の緊迫化」を進めているのは、他ならぬアベ氏本人なのではないのかと思いたくなる。

まあ、今回の改造内閣が、どうも変わりばえのしない顔ぶれで占められているのを見ると、アベ政権の層の薄さが見て取れる。自らと似た考え方の政治家(=オトモダチ)のみを重用し、多様な意見には耳を塞ぐような幼児的な閉鎖性を感じる。こういうリーダーがこれほどの力を持ち続けることは、これまでの自民党の歴史にもなかったことなのではないだろうか。この状況を変えられない、或いは変えるつもりがないとしたら、自民党の劣化は相当なものだと思う。いや、今の政治家たちが勝手に政治家になれたわけではないのだから、劣化の原因は他のところにあるのかもしれないが…。

もう一つの心配事は都知事選の結果だ。いや結果はある程度見えていたから、新知事のこれからの都政のことと言った方がいいかもしれない。選挙戦を通じて見えていたのは、小池氏のいろいろな意味での「かっこよさ」だった。「崖から飛び降りる」決断、自民党の推薦を取り下げた潔さ、見え方、聞こえ方を十分意識した演説やソツのないメディア対応…まさに小泉氏を凌ぐ見事な「小池劇場」で、他の有力2候補がなんとなくくすんでいるように見えてしまった。そんな姿から、なんとなく「改革」してくれそうな期待を込めて、多くの人が1票を投じた結果が、あの大量得票につながったのだろう。

小池氏が主張している「都政の見える化」などの改革は、他の自治体や国政にもつながるものなので、大いに進めてほしいと思う。しかし小生には、とても心配な問題がある。それは都が大きな権限を持つ教育の問題だ。聞くところによると小池氏を支持する団体にはあの「新しい歴史教科書をつくる会」も名を連ねているという。おそらく小池氏の歴史認識は「つくる会」のそれに近いのだろうが、小生の乏しい知識では、「つくる会」の教科書はとくに近現代史において、日本のアジアの国々や人々に対する加害的な事実に触れたがらない、或いは否定的に扱う傾向があるように思える。いわゆる歴史修正主義的な教科書と言っていいと思う。教科書の選定には教育委員会の役割が大きいが、昨今は教育委員の任命などにも首長の意向が強く反映される仕組みになっていると聞く。東京の教科書が「つくる会版」になってしまうことがとても心配だ。

加えて小池氏は、先の舛添知事が韓国の韓国の朴槿恵大統領の要請を受けて進めていた、韓国人学校への土地有償貸与についても、白紙撤回を表明したという。この問題については以前、「某教職員組合と同様に」反日教育を進めている学校には土地は貸せない…というようなことを述べていたようだが、どうも小池氏の思想には在日韓国・朝鮮人への「特殊な感情」があるのではないかと勘ぐってしまう。国際的な経験も豊かな知事なら、歴史的に様々な経緯を抱えている隣国の日本在留者の教育には理解を示すべきだし、その母国との関係を冷やすようなことは何の得にもならないと考えるのではないかと思うのだが…。

稲田氏と小池氏、今スポットライトがあたっている女性二人が、いずれもバリバリのタカ派政治家であることは、おそらく偶然ではないのだろう。アベ自民党という戦後類を見ない右派政権が作ってきた時代の空気を反映しているのかもしれない。折しも民進党の代表選が進んでいるようだが、こちらはなんとも心許ない状況に見える。冒頭に「必ずしも自民党の圧勝とは思わない」と書いたが、今回の参院選では野党共闘は一定の成果を上げている。むしろ健闘したと小生は思っている。「自民党に任せておけない」と感じている概ね三分の一の民の受け皿として、野党はしっかり役割を果たしてほしい。バランスを失った社会が恐ろしいことは、この国の歴史が教えてくれている。がっかりしているヒマはない。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

参院選、自公圧勝!?~選挙結果をどう見る?~ [時事雑感系]

 参院選が終わった。おおかたのメディアは「与党圧勝、民進敗北」という論調だ。たしかに、自公で改選過半数を上回る議席を確保し、民進党は改選議席を大幅に下回った。加えて今回の選挙の注目点の一つだった「改憲勢力」が非改選を含めた参議院全体で3分の2を超えたというから、たしかに与党の勝利には違いない。しかし小生は今回の選挙にはそう簡単には言い切れない要素がいくつも含まれていると思う。

 その一つが全国の32の1人区の結果だ。11の1人区で野党共闘の候補者が与党候補を押さえて当選した。選挙前のネットの予想ではおそらくこの半分くらいだったと思うので、これは大健闘ではないか。とくに東日本大震災・原発事故からの復興途上の東北各県、そして基地問題で県民の怒りが爆発している沖縄で与党が軒並み敗北したことは象徴的だ。フツーの人が毎日をフツーに暮らすことがより難しい地域に、安倍政治の光が届いていないことの現れではないのか。野党共闘は明らかに民意を反映することに成功したと思う。

 もう一つは、1人区のことと密接に関わるが、民進党の獲得議席数だ。メディアでは改選議席を大幅に減らしたとして「大敗」の評価のようだが、果たしてそうだろうか。ちなみに2013年の参院選ではわずか17議席だった。維新の会やみんなの党など、非自民勢力の状況が違うので単純な比較はできないが、今回の32議席は立派だ。たしかネットの予測でも上限30位だったことを考えると、健闘と言っていいのではないか。

 三つ目は、ごく僅かながら投票率がアップしたことだ。特に期日前投票は大幅に増えたようだ。このところ選挙の度に投票率が低下してきたことを考えると、わずか2%とはいえ上向いたことはよかった。とはいうものの、54%という数字にはがっかりさせられる。半分くらいの人が選挙に行かないとはいったいどういうことなのか。世界中見渡してもこういう選挙をやっている国はそうんなに無いのではないかと思う。民の政治意識の劣化はそのまま政治のつながるし、「おまかせ」の政治は、とんでもない指導者がとんでもない政策を進めてしまうことにつながりかねない。まずはこれをなんとかしなければ・・・と思う。

 小生の住む地域では、閣僚を何度も経験した与党大物世襲議員に、野党統一候補の36歳の無名の新人が挑んだが、ダブルスコアで敗北した。残念なことだったが、得票を見ると、前回の国政選挙に比べて非自民票を3万票以上上積みしている。選挙運動についても「選挙フェス」と銘打った音楽を取り入れてのイベントを何度も開催するなど、新しいスタイルを取り入れて、それなりの盛り上がりを見せていた。

 結果は「ザンネン」だったが、今回「保守王国」に吹いた新しい風は、きっとこれからにつながっていくだろう。自身の穏やかな生活を投げ打って立候補に踏み切った候補者本人には申し訳ないが、そんな予感を感じさせるさわやかな敗北に思えた。みんなが「政治とは毎日の暮らしのこと」と感じて、フツーに政治に参加できるような、そんな世の中に向けて政治の敷居を引き下げてくれたことに感謝したい。


nice!(2)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

英国の国民投票と参院選 [時事雑感系]

 参院選がスタートして1週間になる。公示日の直後は、メディアでも大きく取り上げられ、それなりに盛り上がっているように思えたが、その後英国の国民投票でEU離脱派の勝利が伝えられてからは、報道も「EU問題」一色に染まった。EUの中心的な国の国民の意外な選択に、株価が大幅に下がり、為替相場も大きく揺れ動いて、国際経済に大きな影響を与えている。こうした状況下で報道の中心がこちらに移るのは当然だが、この騒動こそ、この国で今行われている政治、ひいては今回の参院選に関連づけて、小生たちが真剣に考えなければならない問題をはらんでいると思う。

 ひとつは、小生たちの将来に関わる年金の問題だ。今、年金の積立金は GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)というところで運用されている。この運用方法について安倍政権は、昨年10月から、それまで日本国債などの「国内債」での運用比率が60%だったものを35%に引き下げ、一方で国内株式の比率を12%から25%に、外国株式を12%から25%に、外国債券を11%から15%にそれぞれ引き上げた。

 これは何を意味するのか。年金という国民の財産を、安定的な運用からハイリスク・ハイリターンの運用に切り替えたということだ。ちなみに2015年度の年金資産の損失は、この運用方法の変更のためだけとは言えないかもしれないが、5兆円にのぼるという主張がある。今回の「EU離脱」騒動でも、大きな損失がでているに違いない。昨今の株価や外国為替の動きは、今回の「離脱騒動」でも明らかなように、極めた急激だ。年金積立金は全国民の財産だ。小生の感覚では「増やすこと」よりも「減らさないこと」、「安全第一」を最重点にすべきと思う。

 年金制度の将来が極めて厳しいことは周知のことだ。しかしだからといって、その資金で一発儲けてなんとかしようというのはちょっと違うと思う。これから将来制度を維持していく立場の若い世代が、安定した仕事につき、しっかり収入を得て、年金掛け金をちゃんと払っていける、そういう社会と経済の仕組みづくりが大切だと思う。この点で今安倍政権が進めている政治はどうなのか。選挙はそれを考え、判断を示す機会だ。

 もうひとつのは「国民投票」という問題だ。アベ氏は今回の選挙で「憲法」を争点にしたくない意向のようだが、安倍政権がこれまでやってきたことをみると、これは言葉通りには受け取れない。最近の2回の選挙でも、いずれも争点は「経済政策」といいながら、2013年の参院選のあとには「秘密保護法」の成立を強行し、2014年の総選挙のあと昨年夏、またまた「安保法制」を強行成立させた。今回の参院選の結果予測では、改憲勢力が3分の2に届く勢いと報じられている。もし衆参両院で改憲発議ができる状況が整ったら、アベ氏はまちがいなく改憲に向けて「ギアを1段、2段上げる」ことだろう。

 そうなってくるとこの国でも「憲法改正」の国民投票が現実味を帯びてくる。英国の国民投票は経済的な側面が大きかったように思えるが、憲法改正は国の姿をどうするかという問題だ。6月28日の東京新聞「こちら特報部」で弁護士の伊藤真氏が書いていた。「EU離脱は経済的損得で、ある程度割り切れるかもしれないが、改憲の国民投票は、どういう国で生きたいかに直結する。国家観、家族観、人生観、幸福観を多数決で決めれば、負けた方は到底納得できず、国を出るしかなくなる。(中略)人間の生き方など、多数決で決めてはいけない領域がある」そのとおりだと思う。国民投票は、多くの国民の思いとは裏腹の思わぬ結果をもたらすこともあるようだ。このことも今回の参院選で真剣に考えるべき問題だ。

 小生は、今回の参院選の争点は「安倍政治そのもの」だと思っている。「アベノミクス」がもたらしたものは一体何なのか。立憲主義をないがしろにするリーダーのもとでの憲法改正を許していいのか・・・。今回の選挙はこの国の大きな岐路になると言ってもいいと思う。ちなみに小生の住む地域では、閣僚経験のある与党の大物世襲議員に、政治経験ゼロの36歳の若者(小生にとっては!)が挑む。折しも選挙年齢が18歳に引き下げられてはじめての国政選挙だ。「安倍政治 NO! 福祉大国 YES!」という彼の主張に若い層がどう反応するか。これまで「無風選挙」で、ややしらけていた感もある保守王国に、新しい風を吹かせてほしいものだ。 
nice!(4)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

熊本地震、3つの気がかり~原発・ヘイトデマ・オスプレイ~ [時事雑感系]

 3月31日に定年退職を迎えた。退職したらさぞかし毎日時間にゆとりがあり、ブログ更新などいつでもできるものと思っていたが、豈(あに)図らんや、「退職したらやろう」とこれまで積んでいたもろもろも片付けなければならず、加えて週3日ほどのパート仕事の口がかかったため、なんだかんだで今までとそんなに変わらないようなばたばたした日々を過ごしている。おかげでブログもほったらかしたまま1ヶ月以上も経ってしまった。

 まあそれでも、平日の昼間に床屋に行ったり、パート仕事の入っていない日に田んぼをトラクターで起こしていたりすると、いままでいつも感じていた「仕事に追われている」感が体から抜けていくようで、これはやっぱり「ゆとり」があるということだ。まあ、これも慣れてしまえば「普通」になってしまうのだろうが、しばし「時間をぜいたくに使う幸せ」を感じさせていただこうと思う。

 さて、そんな矢先、のんびりした気分を吹き飛ばしたのが「熊本地震」発生だ。2度の大きな揺れと、過去の地震で最多という余震で、大きな被害が出た。まだ被害の全容はわからないが、40人を超える犠牲者と最大で19万人以上にのぼった避難者が発生したというから、阪神大震災、東日本大震災と肩を並べる規模の地震といえるのではないだろうか。犠牲になった方の冥福を祈るとともに、地震が一日も早く落ち着き、被害を受けた方々の生活の再建が進むことを願わずにはいられない。

 今回の地震に関連してとても気になることがある。まず第一に「原発は大丈夫なのか」ということだ。今日(4/18)の東京新聞に「熊本・大分の主な地震と断層帯」という図表が載っていた。(下記の図)これを見ると、今回の地震は日本最大の断層「中央構造線」に連なる断層帯で起きているということらしい。そしてこの付近には現在国内で唯一稼働している鹿児島の「川内原発」そして稼働はしていないものの愛媛県の「伊方原発」がある。

20160418katsudansou.jpg
2016年4月18日 東京新聞朝刊より

 今回の地震はおそらく九州でこれまでになかったような規模で、今後の見通しも全く不明だ。日本でこのわずか数十年の間に、このような大きな地震が何度も発生している。今後もいつどこでどんな規模の地震が起きるか、だれにもわからないだろう。このような中で「何かあれば」大変な事態を引き起こすことが実証済みの「原発」をどうして稼働できるのか、小生には理解できない。

 400年間大きく壊れることのなかった熊本城の石垣が崩れた・・・このことを重く受け止めるべきだと思う。小生はシロウトだが、何となくこの国で起こる地震は、これまでの常識が通じない新しい段階に入ってきているようのに思えてならない。「世界で最も厳しい」原発の安全基準を上回る自然災害が起こらない保証はどこにもない。

 二番目は地震にまつわるネットの情報のことだ。いや正確には地震にかこつけた「差別煽動」ヘイトデマのことだ。
地震発生直後からツイッター上などに「朝鮮人」を対象にした悪質な「デマ」書き込みが多数行われたらしい。(下記URL参照)
http://togetter.com/li/962668

 「朝鮮人が井戸に毒を入れた」など、関東大震災の時に流されたデマをそのままなぞったような投稿を行った輩がいるようだが、彼らは関東大震災の時にはこのデマによって実際に多くの人々が殺害されたことをどう感じているのだろうか。もし冗談のつもりだとしたら、あまりにも質が悪い。ヘイトスピーチと同類のこういった発言・行動をする人が多数存在することが本当に悲しい。いつの頃からか、この国は心を病んでしまっているのだなあ・・・と感じる。

 三つ目は、災害救援にあたっての米軍の協力についてだ。もちろん救援活動は一刻をも争うものだから、自治体や自衛隊の活動で間に合わないのなら、日本に駐留している米軍に応援を頼むこともあり得ると思う。ただ問題はその中身だ。東京新聞本日(4/18)朝刊の記事によれば、政府は米軍からの「オスプレイによる」支援申し出を受け入れたという。そしてこれが国内での初任務になるのだそうだ。

 「なぜオスプレイなのか」そこが問題だ。オスプレイでなければできないことなのか?オスプレイはこれまであちこちで墜落などの事故を起こし、国内への配備にも強い反対運動が行われた経緯がある。今回の支援活動はどう見てもオスプレイへのアレルギー払拭と活動の実績づくりのパフォーマンスに思われてならない。いったんは「支援の申し出があるが、直ちに必要な状況ではない」と表明していた首相が一転受け入れを決めたことにも、なにか経緯があると思わざるを得ない。こういう場面さえも「日米同盟の強化・深化」に利用しているとしたら言語道断だ。

 この記事を書いている時点で、まだ熊本では行方不明者の捜索が続いている。また避難生活を送る人の食料や生活必需品の枯渇が起こっている地域も多くあるという。現地は厳しい状況に違いないが、政府はこれまでの震災の経験を生かして、被災者の命のために最大限の力を注いでほしい。「国民の命と生活を守る」と言って国民の7割が反対していた「安保法案」を通した安倍政権だ。今こそその約束を果たすときだ。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

憲法学者の7割が『違憲』とは笑わせる〜安倍一族の改憲発言〜 [時事雑感系]

アベ氏とその周辺の「改憲」発言がエスカレートしている。
 昨日(2/3)は自民党の稲田政調会長が「現行憲法は主権が制限されていた時代にできた。自主憲法を作るべきだというのが我が党の党是だ」などと質問したのに答えて、アベ氏は自民党の憲法改正草案について触れていた。

 ここでは「国民に(投票で)決めていただくことすら国会議員がしなくてもいいのか。それは責任感の放棄ではないか」「9条2項を改正して自衛権を明記し、新たに自衛のための組織の設置を規定するなど、将来のあるべき憲法の姿を示している」などと説明したようだ。

 これはまあ自民党のスタンスとして「そうなのかなあ・・・」とも思うが、一連の答弁で、小生にとってなんとも???だったのは、アベ氏が9条2項の改正について「7割の憲法学者が自衛隊に対し憲法違反の疑いを持っている」と述べたことだ。

 つい数ヶ月前には、集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法をめぐって、多くのというより、ほとんどの憲法学者が違憲という判断をしているにもかかわらず法案の成立をを強行したのは、他ならぬアベ氏ご自身ではなかったのか。その「舌の根も乾かない」うちによくぞこういうことが言えたものだと思う。

 そもそも、自衛隊は外国からの侵害を受けそうになった時に、それを阻止するための「必要最小限度の実力を保持する組織」であって「戦力には該当しない」というのが、これまで自民党が自衛隊を正当化してきた根拠であり、歴代内閣の見解ではなかったのか。

 長く政権を担ってきた自民党のこれまでの苦しい憲法解釈も、国会での議論の積み重ねを通じて定着した政府見解もないがしろにして、自分とその同調者で改憲に突き進もうというのだろうか。これこそまさに「権力の暴走」だ。そして、そういう政権の下で国の姿を定める法律であるところの「憲法」に手をつけることは危険きわまりないことに思える。

 もしアベ氏が憲法学者の自衛隊違憲論を理由に9条2項の改正を主張するのなら、憲法学者が違憲とする、集団的自衛権の行使を認めた閣議決定や安保関連法を即刻廃止すべきだ。(政治家は)「都合のいいときには学者の意見を利用し、悪いときには無視する」安保法制の時に憲法学者の小林節氏がそう語っていたが、これこそご都合主義というものだろう。あまりにも身勝手すぎる。

 アベ氏も一応言っているようだが、憲法改正は最終的には国民が決めることだ。小生たちは「なぜ今」「何のために」憲法を変えなければならないのか、いやそれ以前に「憲法とは何なのか」「憲法がどんな役割を果たしてきたのか」ということをそれぞれがしっかり考えていかなくてはならない。アベ氏たちは「古いからダメ」と考えているのかもしれないが、小生は「古くてもいいもの」は「いい」と思っている。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

どうなる?消費増税~たった2%で「軽減」とは…~ [時事雑感系]

 自民、公明両党が消費税の軽減税率対象品目について、酒類と外食を除き加工食品を含む「食品全般」で合意したという。公明党が「がんばった」結果らしいが、がんばりどころが違ってはいないか。それならなぜ8%導入時に抵抗しなかったのか。低所得者の負担緩和だというなら、欧米各国のように食料品には適用しないか、税率を半分以下にするくらいの手立てが必要ではないか。わずか2%で「負担軽減」とは笑わせる。

keigenzeiritsu.jpg
東京新聞12月13日のWeb記事より

 そもそも今回の消費増税の出発点は、小生の記憶では将来に向けた社会保障の財源確保が目的ではなかったのか。それが今回の軽減税率導入の議論では、低所得者の医療、介護の自己負担を抑える「総合合算制度」の創設見送りで4,000億円を捻出したという。これでは本末転倒ではないか。そしてこれでもまだ財源は埋まっていないようだから、次はどこを狙ってくるのか。もしまた福祉・医療など社会保障の分野に切り込むようなら、いよいよこの制度の大義は失われるだろう。まあ、どうやら一番狙われているのは「タバコ」らしいが・・・。

 今回与党合意された内容で考えても、すでに報道されている通り「???」なことがたくさんある。「コンビニの店内で弁当を食べたら・・・」とか「牛丼店でのテイクアウトは・・・」とか「出前はどっちか?」とかとか、線引きは難しい。また、小売り段階で複雑な税を計算するシステムなど、個人商店など小規模事業者に導入できるとは思えない。この点でも混乱と負担の増加を招くに違いない。まあ、レジスターの会社や会計ソフト開発会社は仕事が増えるのかもしれないが・・・。

 小生は逆進性が強い「消費税」などの間接税にはそもそも賛成できない。生活にかかるコストに占める税の比率が、おそらく低所得者ほど高くなってしまうからだ。少子化・高齢化・長寿命化によって社会コストが増大していることもまた認めない訳にはいかないが、だからといって間接税に頼る財政運営は危険きわまりない。いわゆる「直間比率」や「法人税」の在り方についての議論がしっかり行われないままに「消費増税」につっ走っているように思えてならない。

 小生は、税制度には「応能的公平」が大切だと思っている。納税者の経済的能力に応じた課税ということだ。高額所得者や大企業は「税金が高すぎる」というだろう。しかしその税金のもとになる「利益」は「社会」がもたらしてくれるものではないのか。高い税金は儲けさせてくれた社会への「お返し」と考えるべきではないだろうか。

 今回合意された「軽減税率」は、これから現実に運用される場面ではさらに多くの問題点が出てくると思われる。いっそのことこんな複雑怪奇なシステムにしないで、シンプルに「金額」で刻んだらどうだろう。たとえば5,000円未満は5%、1万円未満は8%、それ以上は10%という具合に。日常生活に必要なたいていの食料品・日用品は5,000円以下で手に入るだろう。また1万円を超える食事や買い物は庶民には「ちょっと贅沢」なものだから、少し税金を奮発してもいいだろう。

 でもおそらくそういう風にはならない。今この国の目線は「高いもの」で商売をしている企業の方に向いているからだ。1,973年の熊本:大洋デパートの火災(100名以上が亡くなった)を扱った、「高石ともやとザ・ナターシャーセブン」の歌(題名を忘れた!)にたしかこんな歌詞があった。「・・・企業が伸びる、人は滅びる・・・」いまこの時代のこの社会の大きな問題が40年も前から危惧されていたわけだ。 今回のは「人」に目が向かない消費増税だ。「人より企業」「人より国」の政策が人にとっていい世の中をつくってくれるとは到底思えない。
nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感