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落としどころを探れないのか?~「日韓合意」で韓国「新方針」~ [時事雑感系]

 1月15日、読売新聞社が行った世論調査の結果が公表された。これによると、慰安婦問題を巡る2015年の日韓合意について、韓国政府からの追加要求には応じないとする日本政府の方針を「支持する」と答えた人は83%に上ったという。文在寅(ムンジェイン)大統領の追加の対応を求める新方針に「納得できない」は86%に上り、韓国を「信頼できない」と思う人は、「あまり」と「全く」を合わせて計78%に達したという。圧倒的な数字だ。

 この問題について、安倍首相の記者会見での発言では「合意は国と国との約束で、これを守ることは国際的かつ普遍的な原則だ。韓国側が一方的にさらなる措置を求めることは、まったく受け入れることはできない」ということであり、これは普通に考えて「もっとも」なことのように思える。

 しかし小生は、この問題が生じてからの日本政府の対応が、あまりにも頑なで、「1ミリも動かさない」なんてなんだか子供じみてさえいるように思えてならなかった。いわば、先の世論調査の結果から見れば、圧倒的少数派のへそ曲がりといえる。そんな風に思っていたところ、評論家で元外務省国際情報局長の孫崎享氏の記事を見つけた。

 「公式文書すらない日韓合意、韓国の見直しを非難する安倍首相のほうが異常で非常識」と題する「ビジネスジャーナル」の記事だ。

http://biz-journal.jp/2018/01/post_22002.html

 もともとの合意内容と新方針(どちらも参照必須!)についても記載された長い記事なので、詳細はサイトを参照していただきたいが、要点を極めて乱暴にまとめれば、以下のようになる。

1.今回の合意は「条約」でも「行政レベルの合意書」でもなく、「署名なしの合意」、いわゆる「口頭約束」である。署名つきの合意でも拘束は行政機関の存続期間に限られるため、新たな政権に順守を求めるのなら、新たな約束を取り付ける必要があるのではないか。
(例)「日米同盟未来のための変革と再編」という文書は、2005年以降日本側の政権が交代するたびに日米間で順守を確認している。

2.民主主義(国民主権)体制の国では、主要政策は選挙後変更されることがある。国民の関心が高い問題で新政権が方針を変えることは異常ではないし、外相間で署名を得ていない合意から離れることは十分あり得る。
(例)米国(トランプ政権)のTPP、NAFTA(北米自由貿易協定)からの離脱、英国のEUからの離脱など。

3.2015年の合意発表の際に「最終的かつ不可逆的に解決される」と述べたことは、旧政権外交責任者に責任がある。しかし「できないこと」を「できるふり」をした両国政府の責任でもある。

 以上だ。まあ、政府間の約束事を簡単に反故にされてしまうのでは困るが、韓国政府も国内世論と日本との関係の板挟みで苦しい立場だろう。「新方針」にはかなり苦心した様子が見て取れる。「1ミリも動かさない」頑なな態度よりも、相手の苦境に理解を示せる大人な対応のほうが、今後のためには大いに役立つのではないかと思う。

 最近のニュースを見ていて思うのだが、安倍政権の「中国」「韓国」「北朝鮮」へのばかに強気な姿勢と米国への盲従的な姿勢が極端になってきていると感じる。また、「北」や「中国」の脅威を煽って、効果のほども定かではない米国製の超高額兵器購入やまるで航空母艦まがいの「護衛艦」の建造を進めているが、「国民の命と暮らし」を守るのは軍事力だと本気で思っているのだろうか。

 残念なニュースもある、2017年のノーベル平和賞を受賞した「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN〈アイキャン〉)の事務局長ベアトリスさんが、来日に伴い安倍首相との面会を求めていたが、外務省から「日程の都合があわず難しい」と断られたという。唯一の被爆国の首相が核兵器廃絶の運動に背を向ける姿を、国際社会はどう見るだろう。

 孫崎氏は、先の記事の中で、日韓合意の問題で「安倍首相の異常さを指摘する声が聞かれない日本という社会が、相当深刻な異常段階に入っている」と述べているが、国際的な評価を受けてノーベル賞を受賞した団体に敬意を払うどころか、リーダーが逃げ回っているようなこの国も「変な国」に見えてしまうのではないか。とても心配だ。
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「謙虚」とはほど遠い自民党~野党の質疑時間を縮小とは!~ [時事雑感系]

 総選挙で勝利した自民党、安倍氏や幹部がやたらに「謙虚」という言葉を多発していたが、これがまったく口先だけであることがはっきりした。国会における野党の質疑時間を大幅に縮小したいという方向を自民党が打ち出した。
 
 衆院での与野党の質問時間の配分は、これまで慣例で、野党8割、与党2割としてきたということだが、これを、議席数に応じた比率、つまり与党7割、野党3割にしたいというのが自民党の意向だという。野党は一斉に反発しているが、当然のことだ。

 この問題については、上西充子氏(法政大学教授)が10月29日のYahooニュース「野党質疑の短縮要請は、与党の自信のなさの表れであり、法案審議の意義を損なうもの」と題した記事で詳細に触れて下さっているので、ぜひこちらもご覧いただきたい。
https://news.yahoo.co.jp/byline/uenishimitsuko/20171029-00077505/

 上西氏によれば「議院内閣制の下で、与党は政府提出法案については、国会提出前に既にその内容の検討を終え、了承を行っている。従って、国会の法案審議において、与党と野党の果たすべき役割は大きく異なる。・・・与党の部会が十分議論した内容が法案として国会の委員会に出てくるのだから、国会の質疑時間が野党に厚く配分されているのは理にかなっている。自信をもって国会に提出された法案であれば、野党の追及に対しても的確に答弁によって反論し、理解を得ることが可能なはずだ。・・・にもかかわらず、野党の質疑時間の圧縮をねらうのは、野党の追及に耐えられないことを恐れているからではないか。」とのことだが、全くその通りだと思う。

 そもそも現在の8対2という比率も、5年前に自民党が野党だった時代に、与党民主党に強く要求して定まったものだというから、明らかに言っていることが矛盾している。また、若手議員から質問の機会を与えてほしいという要望が強いという理由も、単に「TVに映るところでやりたい」ということのように思えてならない。もししっかりした質疑をしたいのであれば、あらかじめ行われる党内の「部会」の審議に加わればいいだけの話ではないのか。

 今回の自民党の動きは、小生のようなシロウトから見ても、あまりにも「浅はか」で「姑息」、なんだか「情けない」ものに思える。与野党で磨き合ってよい政治をしていこうという空気が、この10年ほどの間にどんどん失われて、単純な「数がすべて」の政治に変わってきているように感じられてならない。

 総選挙の自民党勝利の原因のひとつは、20代~30代の若い層の自民党支持率が高かったことだと言われている。その理由は自民党に「安心感」「安定感」を感じ、野党には逆に「不安感」を覚えるということらしいが、訴える政策の中身よりもイメージが先行する風潮というのはとても心配だ。ともすれば「大きなもの」「強い力」が「正しいもの」に見えてしまいがちだからだ。

 大きな権力を手にした者にこそ求められるのが「奢らないこと」「謙虚であること」だと思うが、一強といわれる現在の自民党はどうか。強引な国会運営、いろいろな疑惑への不誠実な態度、果ては大義なき選挙、そして今回の国会運営にまつわる動き・・・。自民党内にも長らくこの国を率いてこられたベテラン議員さんが大勢おられることだろうが、今のこういった状況をどう見ているのだろうか。自民党内からの声はあまり聞こえてこないように思える。・・・ということは、もしかしたら小生たちは、ブレーキの効かなくなったクルマに乗せられてしまっているのかもしれない。なんともオソロシイことだ。

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国政選挙のマジック?~得票4割以下でも、議席6割以上とは!~ [時事雑感系]

 衆院選が終わった。「自公が勝利」「希望は失速」「立憲が健闘」という結果は、おおむね事前の予測通りで、こんなに「当たってしまう」なら選挙の面白さもないなあ・・・などと思ってしまった。

 今回の投票率は全国平均で53.68%だそうだ。期日前投票が大幅に増えたとのことなので期待してみたが、結果は前回を若干上回る程度だった。まあ、台風の影響も考えれば、これでも立派なものなんだろうか?それにしても有権者の半分近くが選挙に行かない国なんて、世界中に他にないんじゃないか。

 国のリーダーはこんな状態をどう思っているのだろうか?この国の政治の仕組みは「みんなが参加する」ことで成り立つようにできている。よほど真剣に考えるべき課題だと思うが、どうも本気の対策が講じられる様子もない。こんな状態を、よもや「都合がいい」などと思ってはいないのだろうが...。

 さて、本題だ。これは選挙があるたびにいつも言われていることなのだが、有権者の意思が投票によってちゃんと国政に反映されているのかという問題だ。今回の選挙結果を小生なりにまとめたものが、下の表だ。

2017sousennkyodata.jpg

 これを見ると、比例区の各党の得票比率は事前の世論調査などで示されたものと大きく変わらないように見える。おそらくこれが有権者の政党支持の実際のところなのだろう。ところが、これが小選挙区の当選者数で見ると著しく異なる。自民党が4分の3を占めてしまうのだ。小生の住む群馬県も代表的な保守王国だから、小選挙区5議席全部が自民党で占められている。こんな県が全国のあちこちにあるのだろう。

 まあ、「一番」の候補者がその選挙区のすべての票を持って行く「総取り」方式が、小選挙区制度の特徴だから当然のことなのだが、それを補うとされている「比例代表」を加味しても、当選者の比率は政党支持の比率とは相当かけ離れている。これで民意がちゃんと反映されているといえるのだろうか?どうにも疑問だ。「一票の格差」が裁判にまでなっているが、小生はこの制度(小選挙区制度)そのものこそが問題だと思っている。

 なぜ今さらこんな話を持ち出したのかというと、選挙後各新聞が報じている安倍総理の記者会見内容が気になったからだ。安倍氏は「改憲に意欲」を見せているというのだが、与野党で「合意形成に努める」といいながら、野党第1党、つまり立憲民主党と合意できなくとも、合意できる党だけで改憲発議をめざすという考えらしい。これは結局最終的には「数の論理」で改憲に進むということだ。

 総選挙によって与党は大きな議席を得るに至った。そのことは紛れもない事実だが、その数に表れない有権者・国民の意思があることにも思いを致すべきだろう。民主主義は「多数決主義」ではなく「少数意見の尊重」こそが大切と言われるが、その通りだと思う。とりわけ憲法は「国の姿」であり「国のあり方」を示す理念の法だと小生は思う。なぜ憲法を変えなければならないのか?変えなければできないことは何なのか?安倍首相にはぜひそのことについての「丁寧な説明」をしていただきたい。もちろん「もり・かけ」の疑念を晴らした上でだ。

 
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どうなる?衆院選~「ひとり600円」の政治参加を!~ [時事雑感系]

 衆院選がもう終盤にさしかかる。これまでの情勢分析では「与党盤石」「自公で300議席」などだが、この数字、小生には何とも信じがたい。なぜなら、小生の周りにいる人々のほとんど全部が安倍政権の政治ににうんざりしているからだ。いったい何が与党を「盤石」にしているのだろう。

 各種世論調査などでは、政党支持率、内閣支持率ともにそう高くはないものの、大きく減らしている様子もない。40%付近のところで安定してしまっている。また「無党派・支持政党なし」の30~40%も大きな変化はない。ということは、残りの20~30%をいわゆる「野党」で分け合っていることになるわけで、これは無党派を動かすよほど大きな出来事がなければ、政権交代は起こりえないということだろう。

 今回の「台風の目」と目されていた希望の党は、都知事選、都議選の勢いで国政に打って出ようとしたのだろうが、そもそも期待の東京都内で「築地移転問題」などがくすぶっていることに加え、民進党との「合流」に際しての小池代表の発言、「さらさら」「排除」に反発が広がり、今や「失速」の様相らしい。

 かたや希望の党に「排除」された民進リベラルが立ち上げた「立憲民主党」は、ある意味「ふっ切れたわかりやすさ」が受けているのか、想像以上に健闘しているようだ。特にインターネット上での存在感は抜群だ。ツイッターのフォロワーが一晩で5万件を超え、わずか数日で自民党が何年もかけて積み上げてきた数字をあっという間に抜き去ってしまったというから驚きだ。

 しかし、二大政党制の確立をめざして「幅広く」結集し、一度は政権を取ることに成功した民進党(旧民主党)は、無所属も含めて3分裂することになった。このことが結果的に自公勢力を利することになってしまっているのではないだろうか。また、やや勢いを失ってきているとはいえ、相当数の旧民進党議員を擁することとなった「希望の党」だが、小池氏は多分に「タカ派」な人物だ。この党が選挙後にどんな振る舞い方をするのか、こちらも心配の種だ。

 中盤の情勢でも全体の構図は大きく変わらないようだが、違っているのは期日前投票を行った人の数が前回の参院選の1.5倍に上っているらしいということだ。これが何を示すのかわからないが、さるテレビ番組のコメンテーター氏は「期日前投票の数は投票率のひとつのバロメーターにはなり得る」との見解だった。

 小生が考える今回の選挙の争点は、1にも、2にも「安倍政治」そのものだ。選挙応援の演説で安倍氏は盛んに「アベノミクス」の成果を強調しているが、国の統計規模の大きな数字がいかに上向いても庶民の生活実感が伴わなければ意味をなさないと思う。そもそも「経済」という言葉のもとになった「経世済民」とは「国を治めて、民を救済する」という意味だそうだ。国や一部の国につながる者たちが富んで、民がやせ細るような政策は「経済」ではないだろう。

 選挙まであと5日ほど。まだまだ先はわからない。結果がどうなろうと願うことは一つ。民意がしっかり反映される選挙になることだ。投票率が95%にものぼるというオーストラリアは、罰則規定(罰金)を設けているらしい。極端な例かもしれないが、本気で投票率を上げるつもりがあるなら検討に値するだろう。

 今回の総選挙でかかる費用は600億円以上だという。有権者ひとりあたりにすれば600円以上、棄権した場合はその分が「ドブに捨てられる」ことになる。なんともモッタイナイ話だ。これが無駄遣いになるかどうかは、小生たち一人ひとりの行動次第だ。「政治は自分のくらしのこと」と考えて、貴重な政治参加のチャンスを生かしたい。

※おまけの話
 前の記事でも書いたが、今回、立憲民主党がネットで大躍進しているとの情報を得て、遅ればせながら小生もこの流れに乗ってみようと、今まで手を出しかねていたツイッターやフェイスブックのアカウントを作ってしまった。はじめてみたらフェイスブックは特に便利で、お手軽で、すっかりはまりそうだ。しかしおかげでこのブログ更新はさらに「気まぐれ」になってしまいそうだ。
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がんばれ!立憲民主党~ツイッター10万フォロワーのびっくり!!~ [時事雑感系]

 「大義なき解散」による無理矢理の総選挙は、「希望の党」の参戦で、このままではこの国は「タカ派二大保守勢力」に支配されてしまうと心配をしていたが、やや風向きが変わってきたようだ。

 マエハラ民進党の「希望」への丸ごと合流が頓挫する経緯の中でコイケ氏が発した言葉「さらさらない」や「排除します」、また候補者とコイケ代表との写真撮影の「有料化」、さらにはおひざもとである都民ファーストの会の有力議員の造反など、希望の党にはどうもあまり芳しくない風が吹いてきたように思える。

 また、エダノ氏が「排除」されたメンバーを中心に立ち上げた「立憲民主党」には、ネット上での応援がすさまじく、ツイッターのフォロワー数が一晩で5万超え、二日も経たないうちに10万を超えた。この数字、既成政党を次々と抜き去って、フォロワー数が最大の自民党の11万に迫るというのだから驚きだ。対する「希望の党」のフォロワーはいまだ数千単位だという。いったい何が起こっているのだろうか。

↓立憲民主党のツイッターはこちら↓
https://twitter.com/CDP2017

 こんなニュースを目にして、今まで興味を示してこなかった小生までが、「ツイッター」と「フェイスブック」のアカウントを取得してしまった。慣れない手つきでタブレットを操作し、ツイッターを眺めていると、まさにリアルタイムで情報が載せられていく。これはたしかに情報の素早い拡散が可能だ。まさに新時代の情報ツールだ。

 しかし、これまでよく「リベラルはITに弱い」と言われていたのではなかったか。よく小生が参加する「そっち系」の集会でも、参加者の年齢はけっこう高めで、小生を含めあまりITを駆使する雰囲気ではない。政治を扱っているブログなど見ても、どちらかというと「右寄り」の人たちの主張の方が目についていた。それが今回は堰を切ったように、今までどちらかというと「小さくなっている」ように見えていた「リベラル」に流れ込んでいるようだ。

 そこでふと思いついた。これはまるで「あのとき」のようじゃないか!そう、2012年の「さようなら原発集会」、代々木に集まった10万人の熱気で、本当に「世の中が変わる」のではないかと思えたあの集会の前後の盛り上がりだ。そしてその後にもあったあのとき、安保法制に反対して国会前に連日集まったあの人たちの熱気だ。

 それぞれの行動はその都度大きな壁に阻まれるかたちで収束してきたが、今回のこの盛り上がりを見ると、これまで行動を経験してきた人たちの中に「ものを言うこと」、つまりひとりひとりが自分で考え、発言し、行動するというスタイルが確実に根をおろしてきたということではないのか。そして、これこそが「民主主義」なのだと思う。

 アベ+コイケ、二大保守にはさまれて埋もれてしまうかに見えた民進党~リベラルだが、エダノというリーダーを得て勢いを取り戻した。見事にアベ氏が言うところの「ああいう人たち」の受け皿になったと思う。これまで「どっちつかず」の民進党でなんとなく燃焼しきれない感じだった国・地方の議員の皆さんには、ぜひ水を得た魚のごとく存分に活躍してほしい。この国を「あきらめない」人たちがこんなにもたくさんいるのだから。
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仰天!大義なき「解散総選挙」~極めつきの党利党略だ!~ [時事雑感系]

 台風が列島を縦断した9月17日、いきなり「解散・総選挙」が報じられた。昨日はインド、今日はニューヨークと夫人同伴で世界を飛び回っているアベ首相が、9月28日開会の臨時国会の冒頭で解散、10月中の選挙という方針を固めたというのだが疑問はつきない。

 なぜ今なのか?何のための解散か?こんな勝手なことが許されていいものなのか・・・?そう思っていたら、もと検察官で弁護士の郷原信郎氏の「BLOGOS」記事「“憲政史上最低・最悪の解散”を行おうとする『愚』」が小生の???にばっちり答えてくれていた。ぜひこちらをごらんいただきたい。
http://blogos.com/article/246844/?p=1

 小生がアサハカに考えても、このタイミングでの解散には何の大義もあるとは思えない。あるのは「モリ・カケ疑惑隠し」や「日報問題の幕引き」で政権を温存しようという、見苦しいまでの保身の論理と、内閣総理大臣なら何をやってもいいという奢り高ぶった姿,、そして、スタートからつまずいた感のある、民進党前原執行部のごたごたや、まだ体勢が整わない「小池新党」などを意識しての姑息なやり方だ。まさに極めつけの党利党略といえる。

 郷原氏も指摘しているように、新しい内閣に何の仕事もさせずに解散するのなら、何のための内閣改造だったのか?また、北朝鮮のミサイル発射で国民の危機感をさんざん煽っておきながら、まだ何の見通しもつかないうちに政治空白を生じさせて、常日頃お題目のように唱えている「国民の安心と安全」が守れるのか?

 自民党の山ほどいるセンセイ方に、政治家としての矜恃があるのなら、こんな呆れた解散は到底許せないと思うのだが、自民党内からの反発の声は聞こえてこない。「寄らば大樹の陰」なのかもしれないが、支持率が若干上向いたくらいで有権者の自民党に対する見方が変わったと思うのは大間違いだ。民をなめるにも程がある。

 アベ政権になってからの横暴な国会運営・・・秘密保護法、共謀罪、安保法制・・・そして、いまだに収束の見通しも立たない福島原発事故の問題をさておいて、各原発の再稼働を急ぐ姿勢・・・政治の目線がどっちを向いているのか、有権者はだんだんにわかってきていると思う。目先のことに惑わされなず、政治の本質を見極めて選挙に臨む有権者が少しずつだが増えてきていることを感じる。

 昨日(9月18日)、東京で「さようなら原発、さようなら戦争全国集会」が行われた。会場の代々木公園は2012年に「さようなら原発10万人集会」が行われた場所で、当時17万人(主催者発表)の熱気が渦巻いた集会も、昨日は9500人(主催者発表)と、だいぶ寂しくなってしまった。それでも1万人近い人が「再稼働反対、安保法制廃止」を訴えて全国から足を運んだ訳で、これはそれなりのチカラといえるだろう。なぜなら、「再稼働賛成」「安保法制賛成」という人たちのこんなに大きな集会を、小生はまだ見たことがないからだ。

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台風一過の猛暑の中で「さようなら原発、さようなら戦争全国集会」

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デモはにぎやかな表参道へ

 選挙のたびに思うのだが、この国の投票率の低さにはホントにがっかりする。昔に比べれば「期日前投票」の制度も整って、格段に投票しやすくなっているにもかかわらず、投票率の低下は止まらない。みんなどうしてそんなに無関心でいられるのか不思議でしょうがない。よく、政治も選挙も「良いものを選ぶ」のではなく「より悪くないものを選ぶ」行為だといわれる。残念な言い方だが、そう考えれば、いくらお気に入りの政党がなかろうが「選挙に行かない」という選択肢にはならないはずだ。

 「大義なき解散・総選挙」にあたって、アベ自民党はその争点を「消費税」や「北朝鮮問題」に向けようとするに違いない。しかしだまされてはいけない。争点は、こういう選挙をやってでも押し進めようとする「アベ政治」そのものであり、アベ自民党が憲法を変えて作り替えようとする「この国の姿」そのものだ。「より悪くない未来」をどう描くか、小生たち有権者には、毎回の選挙でそれが問われている。「決めるのは私たち」・・・当たり前のことだが、そのことを改めて肝に銘じておきたい。
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民主主義を殺すのか?~「共謀罪」法成立~ [時事雑感系]

 この国の歴史上たぶんトップクラスの悪法が成立した。法の中身は言うに及ばず、ひどかったのは成立の過程だ。法務委員会審議を打ち切り、いきなり本会議での強行採決。こういう方法があるとは知らなかったが、これはよほどの緊急事態を想定しての方法ではないのか。審議をするたびに疑問点が湧いてくる、質問をする度に答えになっていないような答弁がなされる、世論調査でも多くの国民が反対もしくは疑問を感じている・・・そんな法律をなぜこうまで急いで成立させる必要があるのか。「加計問題封じ」のために「熟議の府」参議院をないがしろにしたとしたら、到底許せない暴挙だ。これはもはや民主主義ではなく、専制政治だ。

 そもそもこの法律、何をめざしてのものなのか。「テロ等準備罪」新設法というが、これがテロ防止に役立つとは到底思えないし、パレルモ条約締結に必要不可欠というわけでもなさそうだ。まして国連条約締結を理由に挙げながら、国連機関の専門家からの助言に聞く耳を持たないなど、矛盾そのものだ。唯一考えられるのは、多くの人々が指摘しているように、「物言う国民の口封じ」あるいは「政権批判をしにくい空気づくり」か。だとしたら、この政権は民主主義を殺そうとしている。民主主義の最大のキモは決して「多数決」ではなく「多様な意見の尊重」だと思うからだ。

 かつてドイツではワイマール憲法下でナチズムが台頭し、ヨーロッパ、そして世界を戦火に巻き込んだ。ときに民主主義はそのシステムの下で全く相容れない政治体制を育ててしまうことがあるということだ。この間、安倍政権が為してきた「仕事」、つまり「特定秘密保護法」や「戦争法」、そして今回の「『共謀罪』法」などを見てくると、この国の民主主義は「だいじょうぶなのか?」と思ってしまう。とんでもない世の中が音もなく(・・・いやもうすでに大きな音を立てて・・・)近づいてくるような、もうすぐそこまで来ているような気がしてならない。

 これで外堀を埋めた安倍政権は、いよいよ本丸である「改憲」への歩みを早めると言われている。どのような悪法が作られようが、最終的に小生たちを守るのが憲法に他ならないと思う。逆に考えれば、憲法が変えられたときが本当に国の姿が変わるときといえよう。憲法論議には、「押しつけられtた」「時代に合わない」「世界情勢が変わった」等々様々な意見があるが、少なくとも70年以上、この国の平和と繁栄の礎となってきたことは確かだし、憲法を変えなければできないことや憲法がじゃまをしてできないことがあるとも思えない。まして、今回の「共謀罪」法のように、ルールを無視することをなんとも思わない人々に、最高のルールをゆだねることはできない。今度こそ本当に民主主義のチカラが問われることになる。うなだれたり、縮こまったりしている場合ではない。
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「共謀罪」法案、衆議院通過!~おまかせ民主主義の危険性~ [時事雑感系]

 楽しい「オランダ紀行」を続けようと思っていたところだが、そうも言ってられなくなってきた。「共謀罪」法案が今日、本会議で可決、衆議院を通過した。政府・与党は6月18日までの今国会での成立を目指すという。委員会審議では到底満足な議論がなされたとは思えないにもかかわらず、「30時間を超えた」という理由で強行採決、本会議に向けての議院運営委員会でも委員長の職権で本会議開催を決めたらしい。明らかに数の力にものを言わせた強引な議会運営だ。「自民一強」「安倍一強」の奢りが見える。

 そもそも「共謀罪」法案については、各野党だけでなく、学者、法律家、文筆家、アーティストなど幅広い層の人々が反対の声を上げている。直近の世論調査でも8割近くが「説明が不十分」、「反対」が「賛成」を上回っている状況だ。加えて、ケナタッチ国連特別報告者からは「プライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある」と記した書簡が総理に送られた。これに対して菅官房長官は「書簡の内容は不適切」として外務省を通じ抗議したらしい。国内だけでなく国際機関の声にも耳を貸さずに、なぜそれほど成立を急ぐのか。全くもって疑問だ。

 共謀罪の問題に関しては、保守的な立場の人々からの批判も出ている。漫画家の小林よしのり氏は法務委員会での参考人質疑で、「共謀罪の非常に危険なところは、ものを言う市民が萎縮し、民主主義が健全に成り立たなくなることだ。」と懸念を表明した。小生も全くそう思う。最近よく売れているという、ジョージ・オーウェル氏の「1984」という空想小説の世界を彷彿させる、全体主義の監視社会が現実のものになろうとは、当のオーウェル氏も「びっくり仰天」だろう。

  話は変わるが、昨年12月に採択された国連総会決議に基づいて、今年3月に第1回交渉が行われた核兵器禁止条約の草案が公表されたという。草案は前文で「核兵器使用の被害者、ヒバクシャの苦しみに留意する」としており、まさに唯一の被爆国である日本が交渉の先頭に立つべき場面であると思えるが、日本政府はこの国連決議に反対し、条約交渉への不参加を表明している。

 100カ国以上の参加で行われている交渉は、第2回が来月15日から3週間程行われ、7月上旬の閉幕までに核兵器を法的に禁止する初めての条約案が採択される見通しだという。画期的なことだ。核兵器の悲惨さを現実に体験している日本が足並みをそろえるべきなのは、どう見ても交渉に参加しない米国をはじめとする核兵器保有国の方ではないだろう。「核の傘」という前時代の遺物にいままた戻ろうという核保有国の身勝手が地球を救うことは決してない。

 実体が全くわからない「特定機密保護法」、憲法違反・立憲主義否定の「戦争法」(安保法制)、そして超監視社会をもたらしかねない今回の「共謀罪」だ。そして一方では、国際的にも日本の参加が求められている「核兵器禁止条約」への不参加だ。小生の感覚では、多くの国民が求めないことをごりごりと推し進め、多くが望むことにはそっぽを向いているように思えてならない。

 一体この政権は社会をどこに引っ張っていこうとしているのだろうか。そして、社会は「誰のもの」だと考えているのだろうか。「おまかせ民主主義」という言葉があるが、おまかせしてしまったことのツケは、必ず民にはね返ってくることを肝に銘じておかなければならない。


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政治のレベルは国民のレベル?~今村復興大臣辞任~ [時事雑感系]

 今村復興大臣が辞任した、「東日本大震災の被害は、まだ東北であっちの方だから良かった」というとんでも発言で、一斉に批判を浴びた結果だ。あきれた想像力のなさ、ひとの気持ちがわからないにも程がある。まあ発言自体は統計的には間違ってはいないかもしれないが、復興政策の責任者がこういう御仁とは、開いた口がふさがらない。さすがに身内に限りなく甘い安倍総理も、今回ばかりはかばえなかった。前回の「自己責任」発言のときにこの人物の中身は見えたのだから、なぜ手を打たなかったのか。任命責任を問われても仕方ないだろう。これまで部下ともいえる大臣の様々なお粗末のたびに「任命責任は私にある」と述べていたアベ総理、もうずいぶんたまっているツケをどう払うのか。そろそろ内閣総辞職ではないのかと思う。

 近頃話題になった閣僚と言えば、「一番のがんは学芸員」発言の山本地方創生大臣や、どうも「共謀罪」についての答弁が覚束ない金田法務大臣だ。また閣僚ではないが、中川政務官の「重婚」不倫騒動もついこの間のことだ。なぜこうも「おそまつ」なことばかりが続くのか。これでも内閣支持率は依然として50%を大きく超えているというのだから驚くべきことだ。

 不思議でならないのは、支持率ばかりではない。閣僚がこんな「ていたらく」だというのに、自民党内から「なんとかしなければ!」という声が上がっている様子があまり見えないことだ。「アベ一強」などと持ち上げられ、まわりを「オトモダチ」で固めている総理大臣に、もの申せる人も、反旗を翻す人もいないとしたら、巨大政党自民党は政党として重病だと思う。政治信条や信念をなくした政治家ばかりになってしまったら、政党はあの集団自殺伝説のあるレミングのようなものではないか。とてもじゃないが、安心して後についていくことはできない。

 少し前に「これでもか」と連日報道されていた「森友問題」も、その後の閣僚の暴言・失言・倫理問題ですっかり脇に押しやられてしまった。そうこうしているうちに、今は北朝鮮の核・ミサイル騒動でもちきりだ。内閣官房ホームページでは「弾道ミサイル落下時の行動について」というような情報提供を行っているようだが、徒に危機を煽っていはしないか。「危機を煽って結束を図る」のは、昔も今も変わらない統治手法のようで、安倍政権は特に熱心だが、その一方で危機をつくらない外交努力については、ひどく冷淡に見える。

 北朝鮮問題は、政権に不都合なできごとを煙に巻くには格好のネタに違いない。また疑いすぎかもしれないが、大手メディアの報道もまるでこれをバックアップするかのような姿勢だ。まあ、考えてみればメディアは「みんなが見てくれる」から熱心に報道するのだし、政治家の「ちょっとしたお粗末」などすぐにみんな忘れるものなのかもしれない。しかし忘れてはいけないのは、政治を通してこの国を動かすのは、小生たち「民」だということだ。

 よく「政治家のレベルは国民のレベルと比例する」などと言われるが、たしかに選挙の投票率など見ると、残念ながら「政治意識」という面では当たっているのかもしれない。先日大統領選挙があったフランスの投票率は約70%、他のヨーロッパ諸国も似たようなものらしい。オーストラリアに至っては90%以上だという。もっともこれは「棄権は罰則つき」だというが・・・。いずれにしても、だいたいいつも60%を切ってしまうこの国の現状は寂しい限りだ。いまの権力者は投票率など低い方がいいと思っているのかもしれないが、それ以前に民主主義がちゃんと機能するように条件整備することが大きな仕事ではないのか。閣僚の「おそまつ」まで国民のせいにされたのではたまったものではない。

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アベ政権の姿勢そのものだ!~ブチ切れ復興大臣の発言~ [時事雑感系]

 今村復興大臣の発言がたいそう物議をかもしている。記者会見で激高するのももっての他だが、自主避難について「自己責任」、あげくは「裁判でも何でもやればいい」ときては、もうこの御仁は一体何の仕事をしている人だっけ?と思ってしまう。被災者に寄り添う姿勢の微塵もない人物が、復興庁トップとはどうしたことか?ミスキャストも甚だしい。まあ、安倍内閣の配役ミスは今に始まった訳ではないが、今回のは相当わかりやすい。「稲田氏クラス」だ。
 
 さすがのご本人も騒ぎが大きくなって、謝罪したり、発言を撤回したりしているようだが、「意図するところと違った」などとまだ言い訳めいたことを言っていて、本気で謝っているとは思えない。そりゃそうだ、謝るくらいの気持ちがある人なら、はじめからあんな態度はとらないし、「自己責任」などという言葉がでてくることはないだろう。つい「本性と本音が出た」ということだろう。
 
 この問題でアベ首相は、「謝罪しているから辞任の必要はない」「”引き続き”被災者に”寄り添って(!)”取り組んでいただく」と、あくまでも肩を持つ姿勢のようだ。今回の大臣の発言がかたちばかりの謝罪程度で済まされると考えているのなら、あまりにも小生たちの感覚とはかけ離れている。

そもそも今回の避難指示解除や自主避難者に対する住宅無償提供打ち切りも、避難者の実情を無視した「前のめり」な決定との印象をぬぐえない。そういったことをあわせて考えると、今回の復興大臣のホンネはアベ政権の姿勢そのものが露わになったということだろう。不都合なコトには一刻も早く幕引きしたいという意図が見え見えだ。

今回の復興大臣の発言に対する怒りの声は、森友学園問題でのそれとはレベルが違う。それは、原発被災者への政権の冷淡な対応は、小生たちこの国に住む者すべてにいつ降りかかってくるかもしれない問題だからだ。震災、原発被災者の問題はこの国の民にとって「我が事」なのだが、どうも政権にはその感覚が欠如しているらしい。

今回のような内政の話題が出てくると、とてもいいタイミングで北朝鮮のミサイル発射があったりして、ともすれば肝心の話題が薄まってしまったりする。しかし今回の問題はぜひしつこく追求してほしい。何かにつけて「民より国」という姿勢が目立つ安倍政権の姿そのものだからだ。主権者が誰かを忘れているような指導者は、しっかり見張っていないと取り返しのつかないことになる。
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