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「土人」は差別じゃない?!〜どうなってる?沖縄担当大臣の感覚〜 [時事雑感系]

 鶴保沖縄北方担当大臣が沖縄の米軍訓練場の工事反対派に大阪の機動隊員が「土人」と発言した問題について「差別だと断じることはできない」と語ったという。この人のアタマの中は一体どうなっているのだろうか?

 その理由として「言葉が出てきた歴史的経緯とか、さまざまな考え方がある」「今、差別用語とされるようなものだとしても、過去は流布していたものも歴史的にたくさんある」などとも話したようだが、問題はそういうことではないだろう。

 言葉はその使い方で、意味は大きく変わる。「土人」という言葉そのものの意味を云々することは全く的外れだ。その言葉が発せられたシチュエーションや発した人物の態度なども含めて判断するべきことではないのか。

 ニュース映像などで見る限り「土人」などと発言した人物は、明らかに敵対的・侮蔑的な態度で反対派に接している。そのことだけでも大きな問題だと思うが、そのような場面で発せられたあのような言葉が「差別とは断じられない」とはよく言ったものだ。

 今回の「土人」発言では怒りとともに、ある種の悲しみと大きな不安を覚えた。悲しみとは、発言した人物がどうみてもまだ若く経験も少なそうな隊員だったことだ。若い彼らの口からそういう言葉が簡単に飛び出してくるような空気がこの世の中にあることが、悲しく恐ろしい。

 また、彼らは自分たちが派遣されている場所や起こっている出来事の経緯をどのように理解しているのだろうか。おそらく一方的な情報が与えられて任務についているのだろうから、反対派住民などきっと「畏れ多くも、お上の決めたことに逆らう不埒な輩」なのだろう。国の権力が国家にとって不都合な事態に向き合うときの態度がここに現れている。この国が大きな岐路に立っていると思える今、権力のこの姿勢には大きな不安を覚える。

 「辺野古」をはじめとする米軍基地の問題に対する沖縄の民意は明らかだ。そのことは度重なる選挙でも明確に示されている。これをまったく意に介さず、国の都合で「粛々と」工事を進める姿勢はまさに権力の横暴であり、奢りであるとしか言えない。戦中、戦後とこれまでずっと国の都合で踏みつけられてきた沖縄を、将来にわたってさらに苦しめ続けようというのだろうか。今沖縄で起こっていることを見れば、この国の民主主義がいかにうわべだけのものでしかないか明らかだ。

防衛大臣、農水大臣につづき、今回は沖縄担当大臣と、どうも安倍氏の閣僚にはミスキャストが多いようだ。人間誰しも、たとえ政治家であっても間違いや失敗はあると思うが、この皆さんはそれを謙虚に認める姿勢が全くない。必ず強弁して押し切ろうとする。この点は任命した安倍氏とまったく同じ体質に思える。謙虚さを無くした人の耳には、おそらく見えない場所で苦しい思いをしている人の、つぶやきやすすり泣きは聞こえないだろう。国を率いる人の姿勢と感覚そのものが今一番心配だ。
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